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2026/1/8
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第2回:制度疲労は、どこから始まったのか |
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制度疲労は、どこから始まったのか ──外国人雇用・生活保護・無料相談に共通する、日本人の現在地
外国人雇用、生活保護、無料法律相談。 分野は異なるが、これらの制度を実務の現場で見ていると、 ある共通した違和感に行き当たる。
それは、制度そのものの欠陥というより、 制度に向き合う日本人側の姿勢が、静かに変質している という感覚である。
制度は存在している。 法律も、要件も、手続も整っている。 それにもかかわらず、制度は疲弊し、現場では歪みが常態化している。 その原因はどこにあるのだろうか。
外国人雇用における「制度理解の空洞化」 外国人雇用の現場では、 在留資格が「制度」ではなく、 人を使うための手段として扱われる場面が少なくない。
本来、在留資格制度は、 ・職務内容 ・雇用形態 ・事業の実態 が一致することを前提に設計されている。
しかし現実には、 「この人を雇いたいから、何か資格は取れないか」 「とりあえず通ればよい」 という発想が先に立つ。
そこに、日本人ブローカーが介在する余地が生まれる。 制度を理解しないまま、 「話を早く進めたい日本人」 「日本の制度を信じ切れない外国人」 の間をつなぐ存在が暗躍する。
これは外国人の問題ではない。 制度を本来の意味で理解しようとしない日本人側の問題である。
生活保護制度に見える、日本人の距離感 生活保護制度に対しても、同じ構図が見られる。
制度としては、 生活に困窮した人を支えるために存在している。 だが現場では、 ・申請を出させない ・制度の説明を省略する ・「まず家族に頼れ」という一律対応 が横行する。
これらは、制度違反である以前に、 制度を自分とは無関係なものとして扱う姿勢の表れだ。
生活保護は「最後のセーフティネット」だと語られる。 しかし同時に、 「できれば使わせたくない制度」 として扱われている現実がある。
制度に真摯に向き合う姿勢が失われたとき、 制度は支援ではなく、 排除の装置へと変わってしまう。
無料法律相談で起きている「拒否の常態化」 無料法律相談の場面でも、 制度疲労は顕著である。
相談に来る前に断られる。 話を聞く前に「対象外」と言われる。 形式的な要件だけで門前払いされる。
これは、 弁護士個人の資質の問題ではない。 制度としての無料相談が、 「負担」として認識される段階に入っている という兆候である。
本来、無料相談は 制度と市民をつなぐ入口である。 その入口が閉じられていくとき、 制度は存在していても、 実質的には機能していないのと同じになる。
共通するのは「制度に対する真摯性の喪失」 外国人雇用、生活保護、無料法律相談。 これらに共通しているのは、 制度に対する真摯性が、日本人側から失われている という事実である。
こうした姿勢が広がった結果、 制度は人を支えるものではなく、 回避すべき負担になっていく。
制度疲労とは、 制度が古くなった状態ではない。 制度を支えてきた社会的態度が摩耗した状態 なのである。
規制や排除では、回復しない理由 この状況に対して、 規制を強化すべきだ、 不正を取り締まるべきだ、 という声が上がるのは自然だ。
しかし、 制度に向き合う真摯性が回復しないまま、 規制だけを積み重ねれば、 制度はさらに使いにくくなり、 裏の調整や非公式なルートが増える。
結果として、 制度はますます信頼を失い、 疲労は深まる。
問われているのは、日本社会の成熟度である いま問われているのは、 外国人が増えたことでも、 生活保護受給者が増えたことでも、 無料相談が多いことでもない。
制度に向き合う責任を、 日本人自身が引き受け続けられる社会なのか という一点である。
制度は、 人が真摯であることを前提にしか成り立たない。 その前提を失った社会では、 どれほど制度を整えても、 疲労と歪みは繰り返される。
今日も私は、 制度の説明をし、 誤解を解き、 それでも割り切れない現実に立ち会っている。
制度が壊れているのではない。 制度を支える側としての日本人の在り方が、 いま、静かに問われているのだ。
この問いは、 決して他人事ではない。 私たち自身の問題として、 向き合わなければならない段階に来ている。 |
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